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2007年8月23日 (木)

精神分析

自分の事を分析することは半ば、習慣だ。自分を捉え切れていないのに人の心を考えることはできない。

しかし、精神分析の知識を得るにしたがって、自分を分析できるようになってくると、それがどこまで建設的になるかどうかが問題ではないかという気がしてくる。

単に「あなたは幼児期の母子関係に起因する問題が。。。」と言ったところで、どうなるのだろう?ウン十年前のことを母親に「そのときの養育態度が」と言って通用するのだろうか?

それでも、精神分析が必要だと思うのは自分で気がついていなかったもつれに気がつき、それを何とか今できる方法でほどけるようにしようとできる事かと思う。建設的に使うことができないなら、やらないほうがマシな気がする。

それでも、わかってしまうことがある。育児放棄されていた、すぐ後に生まれた兄弟に関心が奪われてしまっていた、反抗期に体罰で押さえ込まれていた。さらに親の不仲、何らかの依存症、虐待、無視。。。

知ってしまった、蓋をして思い出さないようにしていたのに、思いだされてしまった。。

そんな時、どうしたらいいのか。私も自己分析の過程で防衛機制が働いていて忘れたつもりでいた部分を無視できなくなっている。

次、このことについてもう少し触れてみたいl。

今宵は何とな示唆的に

MindGame(John Lennon)♪

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